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2016.02.08 Monday  | - | 

自己紹介(プロファイル)


自 己 紹 介

管理人   : 鈴木和紀 ( 通称 ノリ )

生年月日 : 非公開 ( 古希も過ぎた老いぼれジジイ )

現住所   : 48/1 Moo7, T. Maekham, A. Maechan, C. Chiangrai 57240

自宅電話 : +66 - 53 - 665 - 171 (大抵・不通、携帯電話は嫌いで不所持)
     必要なときには、かみさんの携帯を使うが、電話番号は記憶にない。

メール   : kznori suzuki @ gmail.com (空白は埋めて、手入力で)

来歴等   : 生まれは、北支のフホホト(呼和浩特)市
     当時は、「厚和」といった。名前はここから1字拝借している。
     テレビ・ドラマ「大地の子」で主人公が、下放されていった町だが、
     幼いころの記憶の面影は全くなかったものの、
     生まれ故郷を見ることができて感無量であった。
     父親・吉男は静岡県人、母親・タケは栃木県人(宇都宮市雀宮)
     幼年期から、高校(掛西)卒業までは、遠州育ち
     森の石松の「森町」も高校の学区内(?)
     大学は、T 大 文学部 類卒( 卒業証書をもらっただけ )。
     仲倉重郎・眉子夫妻は、クラスメイト。担任は、森本和夫。
     (仲倉氏からは、何で自分たちの名前だけ挙げたとクレイムを受けた)

     大学卒業後は、20年ほどSE生活。

     三鷹・名古屋・鎌倉・広島・千葉(八千代台、行徳、浦安)など転々。
     三鷹の社員寮で、私物一切を紛失したことは、今でも尾を引いている。
     幼少時代からの写真・アルバム、学業成績、日記など全て失った。

     以後、「デラシネ」の生活に、どっぷりつかることになる。

     初めてのタイ訪問は、1984年ころ。
     86年に、北タイ・チェンライに脱走移住。「狂気の沙汰」 と非難される。
     心のやすらぎ、人間性の回復(?)は、金には代えられないと自己満足。
     わずかばかりの年金暮らしで、日本人としては、極貧である。
     「ただもらえる金、贅沢言うな!」(外野の声)

     90年代はじめころから、一時帰国。浦安、群馬(万座)、長野市内在住。
     02年、現住所に定住、現在に至る。

足跡    : 「風来坊」 の血を引いている。
     祖父は、かつて、「茶栽培」 などの師範として一時「種子島」 などに在住。
     父は、やはり、若かりし頃、「満鉄」 の下請けで、北支方面に勤務。
     そこで知り合った上司の妹と結婚。 母である。

     小生も、現在までに、北は、北海道から山口県まで、ほぼ全県に足跡。
     特に、浅草、千葉(八千代台、行徳、浦安)、神奈川(鎌倉)、
     群馬(伊勢崎、沼田)、長野、広島、名古屋とは縁が深かった。
     外国では、タイのほか、ロスアンジェルス、ハワイ、サイパン、
     ホンコン、ネパール、ミャンマーなど、 タイ以外 短期滞在ばかり。

趣味等   : 幼少より、無趣味、かつ「多趣味(?)」
     しいていえば、毎日の生活のすべたが、「趣味」 かもしれない。

     麻雀は、素人の域を超えていたこともあるが、タイではやらない。
     パチンコのパチプロだったこともあるが、タイでは出来ない。
     ゴルフは、弟のお下がりの道具を2セットもらったが、やる気はない。
     野球は、社会人チームでピッチャーまでやらされたことがあるが、素人。
     水泳は、得意ではないが、潜水で25mの記録はある。
     中学時代は、やさ男の癖に、「砲丸投げ」 で、陸上競技での初の表彰を。
     校内大会では、中学時代は、9人制のバレーボールの選手(?)。
     マラソンなどは、心臓に欠陥があって、大の苦手だった。

     オーディオ、カメラに凝ったこともあるが、卒業(?)。
     音楽は、「音痴」 で「不器用」。
     聴くだけだが、パソコン内に、5,000曲。
     「オペラ」 には、感動したが、柄でもないし、そのチャンスはない。

嗜好等   : 酒は体質的に全くダメ。生まれ変わるしかない。
     飲めないかみさんでよかった。飲まないのが、かみさんの結婚条件でも。
     「タイ料理」は、口にあわない。
     北タイの「縄文食」 の方がまだましである。
     料理は得意ではないが、旅館の板長の手下を1年ほど勤めていた
     こともあって、気が向けば自分で料理するが、普段は「男子厨房に入る
     べからず」をモットーにしている。
     「コーヒー通」 ではないが、自家製の豆で、毎朝1杯。 美味くない。

     禁煙はしないことにしていた。 かみさんは禁煙出来ない。
     そのつもりだったが、犬・猫の餌代捻出のために、2007年ついに禁煙。

タイ語   : 辞書引きながら読めるが、会話はいつも 通訳つき。
     そのくせ、自分で「通訳」 をつとめるのは、大嫌い。
     日本の役所に提出するタイ語の書類を全て自分で訳したが、
     「翻訳手数料」が払えなかっただけのこと。
     学校嫌いと努力不足。 40過ぎの手習い (すべて自習) は過酷だった。
     もっとも、「頭が悪かった」 だけのことかもしれない。

日常生活 : 人間、犬、猫、鶏、魚、果樹、野菜、草花の世話。
     タイでは、「チャオナー・チャオスワン (百姓)」 という。
     どうでもいいことばかりだが、その気になると結構大変ではある。
     「見返り」 がないときには、かなり落ち込む。
     特に、「情のうつった」 犬・猫が死ぬと、数日はいけない。
     「石松」ゆずりの「任侠(?)」 の血が流れているのかもしれない。
     情にもろい。
     「情に棹させば、流される」というが、流されてばかり。

「生活心情とスタンス」 :
     若かりし頃、「新左翼」 の一員だったこともあるが、「右翼」でも
     「左翼」でもない、「悩める人」 が好みで、「軽薄な凡人」 と自省。

     「氏(うじ)より育ち」。
     目線は、一貫(?)して出身階層である弱者や貧乏人の側。
     「偽善者」 呼ばわりされたこともあるが、おおむね当たりである。

     「えらい人」 は苦手である。「家系」 や 「先祖様」 の傘の下にいる人も。
     田舎の小学校以来の同級生に、県知事を勤めていたものもいたり、
     大学時代の知り合いには、「偉く」 なった人が数々いるが、親族の期待を
     裏切って、貧乏している。

     だが、佐川満男の歌のように「 いまは幸せかい〜 ♪ 」と訊かれれば、
     「まあまあですね」 と答えることは出来るかもしれない。
                  (2012/02/12 ちょっとだけ改訂)
2006.12.05 Tuesday 16:02 | comments(10) | 

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2016.02.08 Monday 16:02 | - | 
仲倉重郎 (2007/12/29 10:22 PM)
こんにちわ。
ひょんなことで。このHPを知りました。
タイに帰っていたんですね。

自己紹介を読んで、たくさんいるであろう友人のなかで、とくにわれわれ二人をピックアップされているので、驚いています。
ともあれ、お元気そうで何よりです、
われわれも元気でやっています。

2007年もいよいよ終わりですが、そちらの年末はどんな風ですか?
よい『お年をお迎えください。
市川ひで子 (2008/01/13 8:58 PM)
お久しぶりです。お元気ですか。今、TVでタイの特集をやっているのを偶然見て、鈴木さんの事を思い出しメールを打っています。タイって魅力あふれる所ですね。行ってみたいなーって思いました。機会があればお会いしたいですね。
               それでは…
花井諦め二 (2008/03/01 11:48 AM)
他のページの記事を読むと、ノリさんの御夫人はタイ人の方ですか ?

「還暦過ぎの老いぼれジジイ」と書いてありますが、私はS5年生まれです。

鈴木貞継氏との関係は御有りですか。

url:は何を書く欄か判らず適当に自分のHPを書きました。
K.SUZUKI (2008/03/03 10:08 PM)
花井さま
 はじめまして。
小生のつれあいは、タイ人です。
鈴木貞継さんという方は、存知あげませんが、我が家から数キロのところに、鈴木さんという方がお住まいになっておられました。
 北欧の大使館勤めをされていた方のようですが、貞継という方は、その方でしょうか。
ご存命中も、面識がありませんでして・・・。
 最近になって、どういうわけか、ご遺族の方やら、ご友人などが、お見えになっております。
 ところで、大先輩(?)、お元気ですね。
こういう言い方は、大変失礼かとは思いますが、本当にお羨ましい限りです。
 「ノルウェイ」のお写真、「蘭」のお写真、大変すばらしいです。

 我が家の近所にリタイアーしたノルウェイのお医者さんが住んでおりましたが、半年ほど前に、東北タイに引っ越していってしまいました。
 他人事ながら、ノルウェイなんて住みよさそうな国から、タイくんだりまで、どうしてやってきたのか不思議でなりませんでした。

 「蘭」は、我が家にもあるのですが、手入れが行き届かず、土着の「蘭」以外は、ほとんど枯らしてしまいました。
atuiyai (2008/04/30 9:13 AM)
わしは数年前の12月にお宅を訪問したものです。現在はチェンライ市の郊外に住んでおります。ロングステイビザをとり日本人会にも参加、メーチャンにはほかに知り合いがいます。
しよっちゅうメーサイに行きますのでご自宅の入り口の前のお寺を通過していきます。
現在日本に一時帰国していますが日本はすごいことになっています。老人早く死ね健保というのが4月より実施され75歳以上は年金から保険料を天引き、さらに長期入院は6ヶ月で追い出すとかもうむちゃくちゃな政治でさすがに老人連中も怒り心頭でデモなどを行うようになりました。これはもうとてもこの国では住めません。来月にはタイに戻ります。
みみ (2012/07/17 9:00 AM)
こんにちは。
硬膜下血腫のブログを読みました。
このご病気になられた時、歩行障害とかの前に
頭痛とか何か他の症状は出ましたでしょうか?
主人が現在経過観察中なので、宜しくお願い致します。
K.Suzuki (2012/07/18 8:45 PM)
みみ様
はじめまして。
小生の場合ですが、実は車通勤していたのですが、会社の駐車場に車を止めて、車から歩き出すまで、まったく自覚症状はありませんでした。それまでにも「予兆」の様なものもありませんで、障害物などない道でつまづくまでは、まったく普通でした。

 ご主人は、すでに開頭手術をされたのでしょうか。
経験からのことですが、小生の場合、手術後、麻睡から醒めたときには、まったく普通の状態に戻って降りまして、ウソのようでした。
ただ、入院直後は、駆け込んだ病院の医師たちは、CTスキャンしたあと、一刻も早く手術しようとあせっていたようでした。それが良かったのでしょうか、その後は後遺症もまったくなく、本当に命をもらったような気がしております。
みみ (2012/07/18 10:27 PM)
お返事有難うございました。
2か月前に一度血腫を取ったのですが、再発してしまいました。
前回は頭痛、歩行障害、等色々あったのですが、今回は何の症状もないので、どうしてなのか不思議だったものですから。
K.Suzuki (2012/07/18 11:50 PM)
みみ様
医師の話では、体調さえ悪くなければ、ある一定の量以下の出血なら自然吸収されることもあるがということでしたが、最初の手術した反対側の出血は、再発の可能性があるがと言われました。
 医師の予言どおりに3ヵ月後に、同じような症状が現れて再発したことが判りました。そのときは、あわてないばかりか、当然帰ってこれると自信を持って入院できました。
 出血して、血腫になった場所や大きさによっても、様々な症状があるようですよ。
 ご主人の場合も、早めの処置であれば快復も早いでしょうし、まめに検査されるといいと思いますよ。
 同病相哀れむではないですが、お大事にしてあげてください。軽はずみなことを申し上げることは出来ませんが、「慢性化」したものは、命に別状はないようですから、必要以上にご心配なされなくてもいいのではないでしょうか。
 詳しいことなどは、前回の返信の名前をクリックしていただければ、日記かメール送信が出来ると思いますので、そちらのほうでどうぞ。
大田公威 (2016/04/18 6:21 AM)
三帰依の経文から、たどり着きました。
“寺巡りから迫るテラワダ”を標榜して、チェンマイの田舎に逼塞しています。
駄ログ“銀砂館(yahoo blog)”を更新しています。